先日、東京都文京区にある弥生美術館へ行きました。目的はこの展覧会です。
子供の頃の趣味が読書だった筆者。それを知った祖母のご近所さんから譲っていただいたらしい「少年少女世界の名作文学」シリーズ(小学館)全50巻の挿絵画家のひとりが伊藤彦造さんです。
過去開催の展覧会はスケジュールが合わず鑑賞を断念したため、今回が初鑑賞。キャリアの出発点となった新聞小説から日本画へ次々に順路を進むと、当時小学生の筆者の心を最も強く掴んだ挿絵の原画がそこにありました。

「ポンペイ最後の日」(原作:リットン)の最終ページに掲載されたこのペン画の、線だけで描かれる白と黒のあわいの美しさたるや。
同シリーズで伊藤さんが手がけた挿絵は「ギリシャ神話」「北欧神話」、「クォ・ヴァディス」(シェンキービチ)、「スカラムーシュ」(サバチニ)、「石の花」(バジョーフ)、「美女と野獣」(ボーモン)などヨーロッパやアメリカが舞台の作品が多かったため、少年向け雑誌の剣戟小説の挿絵で人気を得たという経歴を後から知って驚きました。
「太閤記」「義経記」といった日本が舞台の作品もシリーズに掲載されていましたが、展覧会で実際に見た剣戟小説の挿絵にもどこか西洋の彫刻を感じる面影があり、命懸けの状況にいる者特有の匂い立つ色香は共通していました。彼の描く人物に当時の少年たちが熱狂したのも分かる気がします。
図録代わりの『伊藤彦造イラストレーション 増補改訂版』(河出書房新社)も購入し、ほくほくした気持ちで帰路に着きました。
同シリーズは伊藤さん以外にも玉井徳太郎さん、霜野二一彦さん、若菜珪さん、山中冬児さん、太田大八さんなど多くの画家が参加しており、各自の個性を発揮した挿絵は物語を彩るだけでなくその世界に飛び込む一助になっていました。
幼いうちに様々な類型の物語と文章に触れた経験は、筆者の想像力やボキャブラリーに間違いなく大きな影響を与えています。祖母が具体的に誰からどういった経緯で譲ってもらったかを知る方法はもうないのですが、発行年から推測するに1950年代後半生まれの方が読んでいたと思われます。この影響なのか同年代の方と違う言葉選びをしがちと思うことも時々あるのですが、それもまた自分の培ってきた土壌として大切にしています。
このシリーズを通してありとあらゆる読後感をおぼえたのも印象深いですね。アリサが主人公の愛を受け入れず死んでいくことが理解できなかった「狭き門」(ジイド)、ハッピーエンド間違いなしと思って読んでいたらバッドエンドで困惑した「ポールとビルジニイ」(サン=ピエール)、不気味だけどそれがいい「ファルーン鉱山」(ホフマン)、児童向けに書き直すにあたりネフリュードフとカチューシャが一夜を共にしたことをどう表現するか迷った痕跡が『ネフリュードフはカチューシャを強く抱きしめてしまったのです。』という一文にうかがえる「カチューシャ物語」(原作はトルストイの「復活」)、空襲と拷問の描写が淡々としていて逆に怖かった「若き親衛隊」(ファジェーエフ)、知ってる場所が出てきてびっくりした「世界民話伝説集」など、枚挙にいとまがありません。

話が逸れました。
弥生美術館は東京大学弥生門の正面に所在しています。弥生美術館の入館料を支払うことで併設の竹久夢二美術館の展示も閲覧可能です。東京メトロ千代田線根津駅から美術館に向かう道は上り坂、また当展覧会のグッズはすべて現金のみ対応でしたのでご注意を。ご興味ある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。


読んでいただき、ありがとうございました!